客人にお茶を出すと決まって言われることがある。「そのカップ、お気に入りですか?」。私は茶器にこっている。自慢話になるかもしれないが、客人に使用するティーカップは1客数万円もする高価なものだ。しかし私が愛用するものは子豚のイラストの描かれたマグカップ。26年前、高校を卒業して進学のため東京に向かう那覇空港に親友が見送りに来てくれた。そのときに餞別(せんべつ)として贈られたのがこのマグカップだった。
こうして簡単に東京と沖縄を行き来している今から考えると苦笑するが、初めて生まれ育った沖縄を離れるあの青春多感な時期の私たちは、涙、涙の別れを交わした。そして飛行機の中でこのカップを眺め、一生大事にすると心に決めた。
あれから26年。このカップが戸棚にしまい込まれることは一度もなかった。私と共に東京に向かった友人にもやはり、マグカップが贈られた。彼女は上京2年目で落として割ったらしい。ある日、ちょっとした会話の中から、2人の違いを発見した。「形あるものは永遠に残る」という私の信念に対し、彼女は「形あるものはいつか壊れてしまう」という思いをもっていた。
もちろんカップを贈ってくれた親友に感謝していることに違いは無い。しかしこの心の持ちようとカップの行方はなるべくして起こった結果のように感じてならない。事件や事故が多発するこの世の中で、絶対ということは言えないが、いつか別れがくるという思いと、永遠だという思いでは、人間関係も変わってくることを何度も体験した。
信じる力、意図する力は偉大だ。どのような失敗を繰り返しても、それでも部下の可能性を信じきるか、それとも「コイツはダメだ」とあきらめるかが、人育ての肝であると日々自分自身に言い聞かせている。
